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6.232020
注目ワードの「ビッグデータ・AI」。回転機械の保全ではどのように活用される?
数年前から、設備保全やメンテナンスの展示会でもビッグデータやAI(人工知能)を活用した予知保全をテーマにした企業の出展が増えました。この業界に限ったことではなく、ビッグデータの活用が進んでいますが、そもそも、このビッグデータやAIとはどのようなもので、回転機械の保全にはどのように活用できるものなのでしょうか。
ビッグデータの例
普通より大きなサイズのデータ=ビッグデータというイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんね。もう少し言葉を足すと「信号の収集、処理、制御を行うにあたり、通常ソフトでは処理に要する時間がかかりすぎるほどの莫大なデータ」というイメージです。
例えば、新型コロナウイルスの影響を受けた航空業界。2筒エンジンの旅客機であれば、6時間のフライトで、大体240TB(テラバイト)のデータ量となるそうです。私たちがメールを送受信したり、動画を観たり、このときの情報量の単位はMB(メガバイト)やGB(ギガバイト)で、さらにその上の単位がTB(テラバイト)ですから、はるかに大きいデータ量といえますね。
往復動圧縮機(レシプロコンプレッサー)での状態監視も、常時センサが取得したデータをオンラインシステムでデジタルに変換して処理しています。例えば、水平対向4筒圧縮機で、クロスヘッド振動(API推奨)、シリンダ振動(バルブ用)、動的圧力計(p-V線図)、ロッド変位計(ライダー摩耗ほか)、回転計(キーフェーサ)を取り付けた場合、1日で91TB、すなわち飛行機の2時間分くらいのデータ量になるそうです。
つまり、普通のソフトウェア(ハードウェア)では処理が難しいほど膨大な量を取り扱えなければなりません。そのためには、これらの多様・複雑・莫大なデータを処理して、適切な解を導くため、新技術を適用する必要が出てきます。
回転機械におけるデータの活用とは?
そこで気になるのが「こんな膨大なデータから規則性を今から自社で見つけ、設備診断を行うのか?」ということですよね。
しかし、過去の経験からレシプロ用の損傷分類データベースを豊富に所有するメーカーとタッグを組めば、自社で今から設定する必要はありません。損傷クラス例としては「駆動部(クロスヘッド・ピストンロッド・ピストン)の異常」「吸入弁漏れまたはパッキン漏れ」などがあります。
それを可能にするのが、膨大なデータという入力信号と、過去データベースを同時に参照しつつ、ビッグデータを取り扱うことができるシステムです。膨大なデータの中から、過去データと適合するものを見つけたら、異常ですと警告を出す仕組みが備わっています。
AI(人工知能)と回転機械の状態監視の関係性
AI(人工知能)は様々な定義がありますので、ご興味がある方はぜひ調べてみていただければと思いますが、状態監視の分野で使用されているAIは、自分でドンドン学習していくような「ディープラーニング」とは異なります。
AIを構成する大事な要素の一つに、「ファジィ論理」というものがあります。一言で言えば、真か偽どちらでもないような曖昧な状況を定義することです。
サスペンスドラマを例に考えてみましょう(ここでは犯人は一人とします)。私は小学生の頃から2時間ドラマが大好きで、今でもよく観ているのですが、事件が起き、人物相関図やあらすじがなんとなく頭に入ると、完全な根拠がない段階にも関わらず、「(この俳優さんだから)この人が怪しい」などといった推論を立てられるケースがあります。皆さんも経験ありませんか?これは私たち人間がファジィ論理を持っているからできることなんですね。
ファジィ論理を持たないシステムなら、明確なルール(ルールベース)に100%合致したときしか「この人物が犯人」といえないようになっていますので、サスペンスドラマの中で、決めた条件がすべて映像化されない限り、誰が犯人とシステムは判断してくれません。
まとめると、前者(人間)は不確実性があるが、より早期に怪しい人物を見極めることができます(人間には恣意性がありますが)。後者(ファジィ論理を持たないシステム)は不確実性はないですが、条件がそろわない限り、その推理を披露してはくれません。
これを回転機械の状態診断に置き換えると、ファジィ論理を持つシステム(つまりAIを搭載したシステム)は、ビッグデータと不良パターンデータベースが完全に一致しなくても、「今の状態は、この不良モードに近しい」と判断することができるということになります。次の図でその例をご説明しましょう。
複数の損傷クラス(青・赤・緑)があり、各クラスにはいくつかの不良モード時の振動信号が保管されています。ここで、左下の不良発生時の信号が出た時に、青・赤・緑のどれに近いか、青が一番近いが、それなら青の中のどの不良モードが近いか(この場合FM2が近い)、を評価することが、AIを搭載したシステムですと可能です。
この結果、「大体これくらいの確度で、この不良が起きている可能性がありますよ」と判定することができます。当社ではこのような機能を搭載したオンライン状態監視システム「PROGNOST」をお取り扱いしておりますが、そのシステムでは次のようなメッセージを自動で送信する機能があります。この例では「シリンダ2のトップ側吐出弁の漏れ可能性が86%くらいの可能性で起きている」ということを示しています。
ファジィ論理を前提としていますので、オペレーターは「システムの判断は100%正解ではないかもしれないが、シリンダ弁不良の可能性がありそうだ」と早い段階で察知し、備えることができるというわけです。これが、ファジィ論理を適用したAIの有効性です。
おわりに
自己学習するようなディープラーニングシステムは、状態監視の分野ではまだ生まれていないようです。しかし、将来的にはデータ傾向から、起こりうる不良を回帰分析するような機械学習システムも出てくるかもしれません。
プラント重要設備の運転・保全判断をすべてシステムに委ねることはできないと思います。しかしながら、不良可能性を早めに教えてくれる「熟練アドバイザー」のような役割をシステムが果たしてくれれば、絶対的な人手不足に陥る日本社会においても、ロスの少ない安定的運転が実現できるのではないでしょうか。
文/いしだ